工房閑話

 

 

 

ウクライナ侵攻

 

 近代看護の礎を築いたナイチンゲールがクリミア戦争で活躍したことは、小学校の社会科で学んだ記憶がある。クリミア戦争は1853年に勃発したロシア帝国とオスマン帝国との戦いであるが、オスマン帝国に味方するイギリス、フランス、イタリア等が参戦した。戦場がヨーロッパ、トルコ、ロシアに至る大戦に発展しているが、主戦場となったウクライナという国は日本人には何とも馴染みが薄く、クリミア戦争と聞いてイメージが浮かぶ人はそう多くはないだろう。しかし、その後の不安定な政情が第一次世界大戦を生み、第二次世界大戦に繋がったことを考えると、別世界の出来事とは言い切れない。また、福島の大先輩であるチェルノブイリもウクライナにあり、シルクロードの果てパミール高原のさらに先の地とはいえ、親近感を覚えてしまう。

 

 ウクライナの地には、周辺の強国に翻弄された歴史がある。9世紀に成立したキエフ大公国は、ウクライナ、ベラルーシ、そしてロシアの一部を含む大国だったが、13世紀にモンゴルの侵攻により国家が崩壊、以降近隣の強国の支配に曝され現在に至っている。ウクライナのような異なる文明を繋ぐ街道に位置する民族・国家は、多かれ少なかれ同様の運命を辿っているが、これを日本人が肌感覚を持って理解するのは極めて困難である。何しろ極東の島国は有史以来、外国の侵略を受けたのは、後にも先にも13世紀の元寇しかない。ユニークな国民性をも醸成した、世界に類を見ない地政学上の特徴のおかげで、長きに渡り平和を享受してきたのであるから。

 ロシアの大地は、時として日本人のスケールを超えた人物を輩出する。帝国主義絶頂の前世紀初頭ならともかく、21世紀に入って久しいこの時期に、横紙破りの隣国への侵攻をしてのけたプーチンの名前は歴史に刻まれることだろう。ロシアの国益のためか、はたまた自身の政権の強化のためか、いずれにしても我々の想像を超えている。

 

 ウクライナと云えばもう一つ、「屋根の上のバイオリン弾き」があった。ユダヤ人であるが故に迫害を受ける主人公は「屋根の上のバイオリン弾きの如く、危ういバランスの上に生きている」と歌いあげるが、ユダヤのエキゾチックな旋律にも強く惹かれた。ロシアの脅威を受け続けるウクライナの人々に「屋根の上のバイオリン弾き」が重なる。国際社会は支援の手を緩めてはいけない。


 

                            2022年2月26日

 

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