工房閑話

 

 

 

大船駅にて

 

 

 18歳の秋、横須賀線の久里浜を出発し御殿場に向かう臨時列車が、東海道線に入るべく、大船で時間待ちをしていた。所在なくホームに目をやっていると、ベンチに腰を下ろした3人の和服姿の老婦人が目に入った。やわら、そのうちの一人がこちらに近づき、紙包みを手渡してくれた。中にはおいしそうな和菓子が入っていた。北富士の演習場に赴く我々は、オリーブ色の戦闘服に身を包み、ヘルメットを被り、ライフル銃を携えていた。初めての本格的な戦闘訓練に緊張していた気持ちが、和らいだのを記憶している。

 




 戦後80年にもなんなんとする今、戦争の記憶は遂に消えようとしているかに見える。朝鮮戦争を梃に奇跡的な復活で蓄えた資産を食いつぶし、借金は雪だるま式に増えている。防衛論争に於いては、現政権が大幅拡大解釈を強引に決定してしまい、事実上専守防衛が死語になってしまった。そして経済安全保障、食料安全保障等を置き去りにしたまま、いとも簡単に世界第三位の軍事大国にのし上がることになった。

 

 数字ありきで具体性の無い防衛予算倍増の、希少な中身の一つは巡行ミサイル・トマホーク500基の配備だそうだ。1基1億円という値段にも、あらためて驚いてしまうが、そもそもトマホーク自体が時代遅れという情報もある。素人ながら、防衛力強化にどれほどの効果があるのだろう? このテーマに留まらず、あまりに軽い政府の言動、メディアの鈍さに加えて、政治への国民の関心も限りなく低い。「自分たち、戦争を知る世代が居るあいだは大丈夫だが・・・」と云うかの田中角栄の見識に感心する。

 

 大船駅での、くだんの老婦人の行動は、未だ少年臭の残る若い兵士の姿に、とっさに出たものだったであろうことは想像に難くない。昨今の世相のせいか、時を経ても、その時の記憶が鮮やかに蘇る。

 

 

                            2023年2月26日

 

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