工房閑話

 

 

 

たっすいがは、いかん!

 

 

 数年前に高知龍馬空港で見かけた。土佐人には誠に愉快な広告である。関東の梅雨明けもすぐそこのようだが、この広告を思い出すとビールを層倍楽しめる。身も蓋もなくなるが、「苦みの効いてないビールはアカン」とでも訳しておこう。これほど心に響く宣伝文句を他に知らない。土佐人のビール好きはこれを目にすると、確かな快感が込み上げてくる。

 

  

  

 麒麟ビールとの付き合いは、高校卒業時に遡る。生意気ながら、その秀逸さには当時から気づいており、以来他社のビールはまず口にしない。この感性が外れていないことには、客観的な根拠もある。シーズンを迎えると麒麟の供給が間に合わず、販売店が気を揉むことも珍しくなかった。現代のような過剰とも思える広告宣伝で洗脳する風潮は無く、消費者自身の味に対する評価が、購入の決めてになるという、合理的で健全な時代だった。
 学生時代を過ごした大阪の居酒屋では、メニューに出ているにもかかわらず、いざ注文すると売り切れと称して、(仕入れ値の安い)アサヒやらサントリーを供されたことがあり、このことは未だに忘れられない。愛する上方には、こういうあざとい一面もある。

 

 これほどの味をもたらしてくれるビールには、未だにお目にかかったことはない。日本のビールはチェコを起源とするピルスナーに分類される。低温でのど越しを楽しむその特性は、高温多湿の日本と相性が良いが、麒麟の味は本場に劣らない。一方、エールの代表格イギリスのビターのコクの深さは、もうこれは別の飲物と云って良い。ビターは保存が難しい。本物のコクを味わうためには、信頼できるパブに足を運ばなければならない。しかし、その価値は十分にあり、食文化の貧しい彼の国で、ビターは一人存在感を主張している。

 

 歌人にして酒豪の若山牧水が、こよなく愛した酒への思いを語る歌の数々は、左党の同胞への静かな福音となっている。また、土佐人らしい直截なこの言葉も負けてはいない。

 

 

                            2023年6月27日

 

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