工房閑話

 


杉原千畝のこと


 「査証概論」と銘打って、某大学のツーリズム専攻の学生に、ビザの講義を行っている。ビザに起因する問題は極めて深刻な事態に至るケースが多いのだが、一旦旅行業に就くと専門家としてノウハウを高めていくことが困難な環境に身を置くことになる。しかるにマーケットはビザサービスを旅行業に求めると云う不思議な構図が存在しているが、日本ならではの現象だ。そんななかで、多少とも啓発に繋がればと思って取組んでいるが、実感を伴いにくいテーマであり、これがなかなかに難しい。恐らく日本で唯一の講座だろう。講義に当たっては、まずはビザに関心を持たせるべく杉原千畝の話をしている。


 ご存知の方もおられると思うが、杉原千畝は第二次大戦直前にリトアニアの領事として、ナチスドイツの迫害を逃れてアメリカに向かうユダヤ人に対して、日本の通過ビザを発給している。このビザなくしては、シベリア鉄道で当時のソ連を通過することすらできないのである。杉原は、ドイツとの関係を重視する本国からの訓令(峻厳な発給要件を求めてきていた)に反してビザを発給し、任を解かれリトアニアを去る列車の発車まで、ビザを発行し続けたそうで、その結果約6,000人の難民の命が救われたのだが、ここまでは知る人ぞ知る、比較的良く知られた話である。


 しかし、純粋にビザの観点からすると、ここで疑問が起こる。この疑問に気がつくとしたら、その方にはもはや私の講座の受講は不要であるのだが・・・・・。
 つまり、「本国の訓令に反して発給されたビザであれば、ビザの取消し或は入国拒否と云う措置が取れるにもかかわらず、そうはならなかったのは何故か?」と云う疑問だ。杉原は訓令を受け取っていないとし、また一旦発給したビザを取り消すことのディメリットを説いて、それを阻止したとされている。ある種の開き直りで、自身のキャリアーを失いかねない離れ業である。その知恵と自身を顧みない人道的な行為にただただ敬服あるのみである。

 

 

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